S&P500の未来予測を確率微分方程式で行う方法
はじめに
確率微分方程式の解を株価に見立てることによってその将来の動きを確率的に予測することができます。ここでは米国の代表的な株価指数であるS&P500をとりあげます(以下、単純に株価と呼びます)。同方程式に含まれるパラメーターの値を探索したうえで、誰でも表計算ソフト(エクセル)で予測を体感できるようにしました。2020年3月にコロナ・ウィルスの世界的蔓延とともに発生した株価の暴落は投資家にとって最大の関心事と思われますが、1987年のブラック・マンデーや2008年のリーマン・ショック後の株価の回復を参考にしながら、具体的な計算を行い「いつ暴落前のレベルに戻るのか?」を探ります。
確率微分方程式のパラメーターの探索
確率微分方程式①とその解析解②には成長係数の
(
とおいて、(
とし、ここに初期値
(
つまり、
が得られます。
ここで、未知のパラメーターである
次に、
図1のオレンジの直線が
図1 r=0.0003, v=0.00329, r-v2/2=2.946×10-4
図2 r=0.0004, v=0.01452, r-v2/2=2.946×10-4
図3 r=0.0005, v=0.02027, r-v2/2=2.946×10-4
このことを数値的に確認するために、それぞれのパラメーターの組み合わせにおける揺れ幅の度合いを測定してみましょう。
(A)
(B) 同様に、
(C) (B) で求めた平方根の中で実際のかい離幅 (A)に近いパラメーターの組み合わせを探す。
実際にやってみた結果が、表1と表2 です。
表1
|
a |
b |
c |
|
3.0 x 10-4 |
4.0 x 10-4 |
5.0 x 10-4 |
|
0.329 x 10-2 |
1.452 x 10-2 |
2.027 x 10-2 |
|
2.946 x 10-4 |
2.946 x 10-4 |
2.946 x 10-4 |
表2 表1の組み合わせでそれぞれ100回計算したときに出現する値 (B) の出現回数
µとの乖離 |
a |
b |
c |
0~10,000 |
22 |
0 |
0 |
10,000~20,000 |
32 |
7 |
3 |
20,000~30,000 |
25 |
19 |
8 |
30,000~40,000 |
8 |
17 |
10 |
40,000~50,000 |
7 |
7 |
13 |
50,000~60,000 |
3 |
12 |
14 |
60,000~70,000 |
0 |
9 |
5 |
70,000~80,000 |
3 |
6 |
8 |
80,000~90,000 |
0 |
2 |
4 |
S&P500(実績値)の中央値 µ からの乖離を計算すると 20,000~30,000 の範囲にあります。一方、100回試行したときの最頻値が同範囲で出現するパラメーターの組み合わせは b です(aの最頻値は10,000~20,000、c の最頻値は40,000~60,000)。
この結果をもう一度、図1~図3と照合してください。
では、初期値
となります。残るは変化率 B(t) の数値化です。
表4の青の実線が、S&P500の1950年以降の対前日変化率の分布です。形状が正規分布に近いことがわかります。そこで、平均ゼロ、標準偏差 1.0 の正規分布(赤の破線)と、平均ゼロ、標準偏差 0.6(グレーの破線)と比較してみます。
図4
S&P500の変化率(対前日)と正規分布の比較
実績(青の実線)が標準偏差 1.0(赤の破線)の正規分布よりもスリムで、標準偏差 0.6(グレーの破線)により近いことがわかります。よって、予測に使用する変化率 は、エクセル関数を使って以下の様に定義します。
以上でブラウン運動項
表3
図4 式(
さて、次にこれら無数のサンプル・パスの中から未来の動きに近いのはどれか?を探り当てる方法を示します。
コロナ・ショックからの回復予測
2020年2月14日に史上最高値の3,380.16(終値ベース)を付けた株価はそれ以降不安定な動きを見せ始め、三月に入ると乱高下を繰り返し、同月末には最高値から30%近くも値を下げました(図5)。
図5
では、落ちた株価はいつ回復するでしょうか。表4は近年に発生した二回の暴落と今回の暴落の比較表です。下落率はリーマン・ショックの48.2%が最大でしたが、底値に到達するまでに210日を要しています。一方、ブラック・マンデーの下落率は31.5%でしたが、わずか二週間で底値に到達しました。2020年4月3日現在、コロナ・ショックの底値は、2020年3月23日の2,237.40で、下落率はブラック・マンデーを上回る33.9%、下落に要した日数は38日でブラック・マンデーに比べると下落スピードはやや緩やかですが、リーマン・ショックに比べると急激です。
表4
1987年のブラックマンデー後の動きを図6、2008年のリーマン・ショック後の動きを図7に示しました。ここで株価が「
図6
ブラックマンデー(1987年10月19日)からの回復。回復は概ね、µ と +v の間で行われ、 暴落前の最高値にもどるまでに要した日数は631日。
暴落前の最高値と暴落後の底値の落差31.5%。底値からは
一方、リーマン・ショックはブラック・マンデーよりも下落率は大きく下落期間も長かったのですが、回復に要した時間はブラック・マンデーとさほど変わりませんでした。下落後、ブラック・マンデーが
図7
暴落前の最高値と暴落後の底値の落差48.2%。底値からは と の間で回復しており、ブラック・マンデーを上回る回復力を示した。暴落前の最高値にもどるまでに要した日数は694日。
コロナ・ショックは今のところブラック・マンデーを若干上回る下落率であった一方で、下落のスピードはブラック・マンデーよりも緩やかであったことから、今後はおおよそ
図8
2021年3月23日現在のS&P500(終値)とその後の推移予測
暴落前の最高値から横軸に水平な線を引き、 、 曲線と交わる点で、垂直におろした矢印の先が予測回復日です。
おわりに
コロナ・ショックがすでに底値に達しているのか、継続中なのかはいまの時点ではわかりません。リーマン・ショックは七か月間に二番底、三番底を経験しており、コロナ・ショック後も同じような推移を示す可能性もあります。底値、つまり初期値をどこにするかによって回復までの道のり(